日本が初めて世界の扉をこじ開けたフランスの地で、名波浩が放った左足のパスには静かな狂気が宿っていた。中盤の底からゲームを操り、チーム全体の呼吸をコントロールする司令塔。当時のサッカー日本代表において、10番はまさにチームの「脳」そのものだった。
そのバトンを受け継いだ中村俊輔は、美しく曲がり落ちるフリーキックで世界を震撼させ、10番の価値を絶対的な個の象徴へと昇華させた。一瞬の閃きでスタジアムの空気を変え、ファンの期待を一身に背負った黄金の左足。しかし、続く南アフリカの舞台ではベンチから戦況を見つめる悔しさも味わった。背番号10の重みとは、それほどまでに非情だ。
ドルトムントで欧州を席巻した香川真司の時代になると、求められる資質は「パス」から「加速とライン間の侵入」へとシフトする。相手ディフェンスの急所を突く鋭いターン、ゴール前での嗅覚。時代が求めるフットボールの進化とともに、背負う者のスタイルもまた激変してきた。