街頭の就活生が一様に黒いスーツを身に纏う光景は、日本独特の就職慣行の象徴とも言えます。しかし、アパレル各社の販売データや服飾史を紐解くと、1980年代から1990年代前半のバブル期における就活スーツの主流は濃紺やチャコールグレー、さらにはチェック柄でした。当時の学生たちは、社会人の標準的なビジネスウェアに準拠した装いで面接に臨んでいたのです。
状況が一変したのは1990年代末から2000年代初頭にかけての就職氷河期でした。大手紳士服量販店が「冠婚葬祭(礼服)にも着回せる万能な黒無地スーツ」を安価なセットアップとして大々的にプロモーションを展開。採用人数の激減による就活生の「少しでも減点される要素を排除したい」という極度のリスク回避心理が合致し、瞬く間に「リクルートスーツ=黒」という固定観念が定着しました。
社会心理学において指摘される「同調バイアス(周りと同じ行動を取ることで安心感を得る心理)」が働き、先輩から後輩へと無批判に継承された結果、本来はフォーマル度が高すぎてビジネスの国際標準から外れる「ピュアブラック」が、日本の就職市場におけるデファクトスタンダードとして定着したという背景が存在します。