歴史の針を1951年9月8日に戻そう。サンフランシスコのオペラハウスで署名された平和条約の第2条b項には、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とだけ記された。
誰に譲渡するかは書かれなかった。あえて書かなかったのだ。
背景には、冷戦の勃発と中国の内戦があった。当時、中華民国(国民党政府)と中華人民共和国(共産党政府)のどちらを「中国」の正当な政府として会議に招くか、米国と英国の間で激しい対立があった。妥協の産物として、両政府とも招待されず、台湾の帰属先は「未定」のまま放置された。この曖昧さこそが、現在の危機の土台となっている。