日本の社会風土において、かつて「周囲と異なる好み」を持つことはリスクでもあった。「変わったやつ」「空気が読めない」というレッテルを貼られることを恐れ、多くの人が自分の本音を隠してきた歴史がある。
だがWeb3や分散型SNSの普及に伴い、匿名でありながら深い価値観で繋がれるDAOやマイクロコミュニティが乱立した。ここでは「マイノリティであること」自体が敬意の対象となる。「理解されないこと」を前提として集まる人々は、互いの「好き」を干渉せずに尊重し合う。他人の趣味を笑わない。その絶対的な安全基地が確保されたことで、個人の自己表現はかつてないほど自由で開かれたものになった。