犯行当時、グループのリーダー格だった宮野裕史(旧姓)は、服役中に改名を行い、出所後も素性を隠して生活を試みたとされる。週刊誌の追跡取材やインターネット上の特定作業によって居場所が暴かれるたび、転居を繰り返す逃亡劇のような人生を余儀なくされてきた。罪の重さと向き合う姿勢が見られないまま、潜伏を続ける姿には厳しい批判が集まる。
一方、共犯の神作譲(旧姓・小倉譲)の足取りは、さらに凄惨な再犯の記録として警察史に刻まれている。出所後の2004年、彼は埼玉県三郷市で知人男性を車内に監禁し、激しい暴行を加えて重傷を負わせるという逮捕監禁・傷害事件を引き起こした。東京地方裁判所での判決を経て再び刑務所へ収監された事実は、少年の更生可能性という刑事司法の前提を根本から揺るがす事態となった。