当時、22歳という大きな年齢差がクローズアップされたが、彼らを結びつけていたのは単なる男女の情愛を超えた「クリエイティブへの渇望」だった。沢尻が求めたのは、日本の狭い芸能界の常識を打ち破る圧倒的な世界観であり、高城が持っていたのは、それを具現化するためのグローバルな知見とネットワークだった。ロンドンやスペイン・イビサ島での生活は、彼女にとって最高のインスピレーションの源だったに違いない。
だが、クリエイターとしての高城のストイックさと、表現者として生身の感情を切り売りする沢尻の危うさは、徐々にズレを生み出していく。海外での自由な生活と、日本の芸能界という巨大なシステムとの板挟みの中で、二人の歯車は少しずつ、しかし決定的に歪んでいった。