2026年シーズン途中にレイズを事実上の戦力外となり、ドジャース傘下を経て辿り着いたピッツバーグ・パイレーツで、筒香は突如として本来の長打力を爆発させた。右翼席へ叩き込む豪快なアーチ、劇的な代打サヨナラ本塁打。現地ファンはスタンディングオベーションで迎え、地元紙も「YOSHI」の復活を大々的に報じた。
だが、MLBの生存競争は冷酷だ。翌年の不振と怪我、再度のマイナー落ち。そこから筒香が選んだのは、独立リーグや招待選手としての過酷なバス移動が続くマイナー巡回だった。当時、早朝のSPOTV NOWやMLB.TVにかじりつき、3Aのスコアテーブルに並ぶ彼の名前を追い続けた日本のファンは少なくない。豪華なチャーター機とは無縁の、深夜にハンバーガーをかじる生活。プライドを脱ぎ捨てて泥にまみれた日々こそが、打撃フォームの根本的な見直しへと彼を突き動かした。