ケミストリーが「テレビから消えた」と世間に強く印象づけた最大の転機は、2012年4月に発表された活動休止宣言です。2001年3月にテレビ東京系の伝説的オーディション番組『ASAYAN』から誕生し、デビューシングル『PIECES OF A DREAM』が約16週にわたりオリコンTOP10に居座り続けミリオンセラーを達成。1stアルバム『The Way We Are』は累計出荷枚数300万枚以上を記録するなど、瞬く間に平成の音楽シーンを代表するトップアーティストへと駆け上がりました。
デビュー10周年イヤーを締めくくるツアーの最終公演後、二人は突如としてデュオとしての活動をストップさせます。当時の公式発表資料において、二人は「解散」という言葉を明確に否定し、「それぞれがソロ活動を通じてボーカリストとしてスキルアップを図り、再びCHEMISTRYとして集うための選択」と説明しました。
背景には、凄まじいスピードで消費されるメガヒットアーティストゆえの疲弊と、音楽制作における葛藤が存在していました。デビュー以来、綿密にプロデュースされた楽曲を完璧に歌い上げることを求められ続けた二人は、30代を迎えて「自分自身の音楽的アイデンティティとは何か」「CHEMISTRYという看板を外したとき、一人のボーカリストとして何が表現できるのか」という根源的な問いに直面していたのです。