5代目三遊亭圓楽(本名:吉河寛海=よしかわ ひろうみ)は、1932年(昭和7年)1月3日、東京市浅草区(現・東京都台東区浅草)の浄土宗寺院の家に生まれました。終戦後の混乱期を経て、1955年に6代目三遊亭圓生へ入門。「三遊亭全生」を名乗り、厳しい修行の日々に身を投じます。
当時の落語界において、180cmを超える恵まれた長身と彫りの深いマスクは異色の存在でした。1962年の真打昇進とともに「5代目三遊亭圓楽」を襲名すると、端整な容姿と歯切れの良い語り口がテレビ草創期のメディア戦略と合致し、「星の王子さま」というキャッチフレーズで爆発的な人気を獲得します。立川談志、古今亭志ん朝、3代目三遊亭遊三(後の5代目春風亭柳朝)らとともに「落語若手四天王」と称され、劇場に女性ファンが殺到する社会現象を巻き起こしました。
古典落語の基礎を徹底的に叩き込まれた実力派でありながら、テレビという新媒体の可能性をいち早く察知した柔軟性こそが、圓楽のキャリアを決定づける原動力となりました。