タブレット純が放つ異様な存在感の根底には、日本のポピュラー音楽史に名を刻む名門グループでの実戦経験があります。幼少期の引きこもり生活から、ムード歌謡の頂点、そしてお笑い界への転身という波乱万丈の歩みを整理しました。
神奈川県相模原市出身の彼は、小学校高学年の頃から学校に馴染めず、次第に自室へ引きこもるようになります。心を閉ざした少年を救ったのが、ラジオから流れてきた昭和30〜40年代の歌謡曲やGS(グループ・サウンズ)でした。レコードを狂ったように集め、歌謡曲の歴史や作曲家データ、歌詞カードを隅々まで記憶する日々が、彼の血肉となっていきます。
転機が訪れたのは2002年、27歳の時でした。敬愛してやまなかった「和田弘とマヒナスターズ」のボーカル募集オーディションの噂を聞きつけ応募。リーダーの和田弘氏にその卓越した低音の魅力を見出され、新メンバー「田渕純」として正式加入を果たします。戦後日本の音楽界を牽引した名門グループの「最後の弟子」として、グランドキャバレーやディナーショーの舞台に立つ日々が始まりました。
しかし2004年、師と仰いだ和田弘氏が急逝。グループは活動休止を余儀なくされ、後ろ盾を失った彼は再び深い挫折を味わいます。その後、神保町の古書店で契約社員として働きながら糊口をしのいでいた時期を経て、音楽酒場での流しや小さな寄席の舞台に立つようになり、やがてギター漫談とお笑いの才能を開花させていきました。