横浜家系ラーメンの歴史を語る上で、避けて通れない出来事がある。「家系総本山 吉村家」の創業者・吉村実氏との確執と、そこからの離脱劇だ。かつて直系店舗の筆頭格として絶大な支持を集めていた王道家が、総本山の看板を下ろすことになった経緯は、いまなおファンの間で語り継がれている。
衝突の引き金となったのは、味への徹底的なこだわりと、自家製麺の導入を巡る意見の食い違いだった。総本山指定の酒井製麺を使わず、自ら理想の麺を打つという決断。それは師弟関係が絶対視される職人の世界において、明確な掟破りを意味していた。破門通告。看板剥奪。周囲からは「吉村家の名前を失えばすぐに潰れる」と冷笑された。
だが、清水裕樹は折れなかった。「看板で食わせてもらっていたわけじゃない。自分の腕で客を呼ぶ」。逆境の中で作り上げた自家製麺と、さらに濃密さを増した燻製チャーシュー、攻撃的なまでに力強いスープ。その一杯が、総本山という後ろ盾を失った王道家を、唯一無二のブランドへと押し上げる原動力となったのだ。