「目からの出血」という言葉で最も警戒しなければならないのは、鏡で見える白目の出血ではなく、眼球の奥深く、カメラのフィルムに相当する網膜で生じる眼底出血である。白目の結膜下出血がいかに派手であっても視力そのものを脅かすことは稀だが、眼底出血は不可逆的な視機能障害、すなわち中途失明の主因となり得る。
最大の落とし穴は、網膜の出血そのものは外から見えないだけでなく、出血した初期には痛みすら感じない点にある。網膜組織にも痛覚神経が存在しないためである。したがって、以下のような眼底出血の初期症状を察知できるかどうかが運命の分かれ目となる。
視界の一部がぼやける、目の前に無数の黒い点やすすのような影が飛び交う(飛蚊症の急激な悪化)、視界の特定部分が欠けて見える(視野欠損)、物が歪んで見える(変視症)、あるいは視界全体に赤いインクを流したようなかすみを感じる。これらのシグナルが一つでも現れた場合、白目の赤さの有無にかかわらず、眼球内部で網膜の血管が破綻している兆候であり、1分1秒を争う網膜光凝固術や硝子体手術の適応となる。
さらに注視すべきは、高血圧やストレスとの関連性である。血圧が収縮期160mmHg以上の高値で推移していると、全身の細動脈硬化が進行する。硬化した動脈が隣接する網膜静脈を圧迫すると、血管が閉塞して行き場を失った血液が噴き出す「網膜静脈閉塞症」を発症する。また、過度な労働環境や精神的ストレスは交感神経を緊張させ、血圧スパイク(急激な血圧上昇)を引き起こす引き金となる。
白目の結膜下出血であっても、年に何回も繰り返す(頻発する)患者の背景を検査すると、未治療の高血圧、糖尿病性微小血管症、あるいは血小板減少症や白血病といった血液凝固系疾患が発見される例が臨床上珍しくない。目は「全身の血管状態を直接観察できる唯一の臓器」であり、目からの出血は沈黙の殺人者と呼ばれる生活習慣病が発している悲鳴かもしれないのだ。
また、若年層から働き盛り世代において急増しているのが、コンタクトレンズによる目の出血である。長時間の連続装用による角膜の慢性的な酸素欠乏は、本来血管が存在しない角膜内に「角膜新生血管」を無理やり侵入させる。この新生血管は構造が極めて脆いため、レンズの着脱時の摩擦や乾燥による刺激で容易に破綻し、角膜周辺部や結膜から出血を招く。レンズのフィッティング不良や汚れを放置したまま装用を続ける行為は、微細な物理的損傷の温床となっている。