解散後、2人はそれぞれの道でお笑い界に貢献し続けましたが、あまりにも過酷な運命が2人を襲いました。
村田渚はピン芸人としての活動を経て、2005年に元坂道コロンブスの松丘慎吾と新コンビ「鼻エンジン」を結成しました。結成わずか数か月で同年の『M-1グランプリ2005』準決勝へ進出するなど、ツッコミ職人としての圧倒的な腕前を再び世に示しました。しかし、完全復活への期待が高まっていた2006年11月11日、自宅にてくも膜下出血のため急逝しました。享年35歳という早すぎる死は、お笑い界全体に深い悲しみをもたらしました。
一方、桶田敬太郎は音楽活動や劇団の主宰、構成作家・演出家として活動を展開しました。後進の育成にも尽力し、オードリーの単独ライブの構成を手がけるなど、卓越したアイデアで多くの芸人を裏方から支え続けました。しかし桶田もまた、病気療養の末に2019年11月23日、病気のため逝去(享年47歳)していたことが2026年2月に報じられました。
2026年現在、2人ともこの世を去ってしまいましたが、彼らがステージ上に刻んだ革新的な笑いは消えることなく、同世代や後輩芸人の作品の中に生き続けています。