戦後の混沌とした時代において、秀雄の才能は公共メディアの再建という新たな舞台で発揮されることとなった。混乱の渦中にあった日本放送協会(NHK)の理事や副会長を歴任し、傷ついた人々の心に寄り添う放送のあり方を模索した。ラジオ番組の編成見直しや文化振興事業への積極的な投資は、焦土からの精神的復興に大きく寄与したと評価されている。
実業家としての鋭い感性と、随筆家や画家として培った豊かな文化的素養。この双輪を備えていたからこそ、公正中立かつ質の高いコンテンツの提供に強いこだわりを持ち続けることができた。彼が残した組織改革の理念とメディアに対する美的哲学は、今日の公共放送の基盤作りにも多大な影響を与えている。