特に『news zero』時代の彼女は、キャスターとして極めて過酷な試練と向き合っていた。深夜に及ぶ生放送と、日中の精力的な現場取材。ニュースの最前線で生々しい現実に直面する中、一人の人間として「何をどう伝えるべきか」という葛藤に常に苛まれていたという。
当時の現場スタッフによれば、彼女は放送直前まで専門書や海外の文献を読み込み、スタッフとの議論を重ねていた。画面で見せる冷静で凛とした佇まいの陰には、報道番組の制作に命を削るような執念が存在していたのだ。そうした葛藤の中で芽生えた「世界の報道現場を直接この目で見たい」という欲求こそが、後の渡米という劇的な決断へと繋がっていくのだった。