消化器内科の診察室で医師が最も頻繁に耳にするのが、「何年も前から痔を患っていたので、今回の出血もいつもの痔だと思って放置してしまった」という患者の言葉です。SNSや医療Q&Aコミュニティ上でも、「ペーパーに血がついたけれど痛くないから放置している」「市販の痔の薬を塗って誤魔化している」という投稿が後を絶ちません。
心理学において、自分にとって都合の悪い情報を過小評価し、「自分は大丈夫だ」と思い込もうとする心の働きを正常性バイアス(Normalcy Bias)と呼びます。血便という視覚的ショックを受けた際、人間は無意識のうちに恐怖から逃れるため、「痔に違いない」という最も受け入れやすい理由にすがりついてしまうのです。さらに、内視鏡検査に対する「痛そう」「下剤を飲むのが辛い」「お尻を見せるのが恥ずかしい」という心理的抵抗感が受診の先延ばしに拍車をかけます。
日本国内の大腸がん罹患数は年間15万人以上にのぼり、部位別がん罹患数でも常にトップクラスです。実際にがんセンター等の治療データでは、「痔と併発していた直腸がん」が進行した状態で見つかる事例が毎年多数報告されています。「もともと痔がある人」ほど、新たな出血を痔のせいにして重大な疾患を見落とす危険性が高まります。