私たちが当たり前のように受け入れている「虹=7色」という概念は、自然界の絶対的な法則ではなく、近代科学の父と呼ばれるアイザック・ニュートン(Isaac Newton)の着想によって作られた文化的な定義です。
17世紀後半、ニュートンは暗室でプリズムに太陽光を通す実験を行い、一見すると透明な白色光が、屈折率の違いによって多彩な色彩に分かれる現象を発見しました。これが太陽光とプリズムの原理であり、光の波長ごとに分かれた光の帯を光のスペクトルと名付けました。
ニュートンが1704年に著した『光学(Opticks)』の初期稿では、光を「赤・黄・緑・青・紫」の5色として分類していました。しかし、当時のヨーロッパでは古代ギリシャ以来のピタゴラス学派の思想が根強く、「宇宙の美は調和のとれた数(7)に支配されている」という神秘主義的な信念が存在したのです。
特に音楽の1オクターブを構成する7つの音階(ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ)との数学的・美的一致を求めたニュートンは、赤と黄の間に「橙(オレンジ)」を、青と紫の間に「藍(インディゴ)」を追加し、虹の色7色の理由となる最終的な体系を完成させました。つまり、科学的なスペクトルの分解能というよりも、音楽と天文学を結びつけようとした哲学的な美意識が7色を生み出した決定打でした。
これが近代の学校教育を通じて明治時代の日本へ輸入され、理科の教科書に採用されたことで、日本人の色彩認識として深く定着しました。