この辞任劇において、ネット上で広く拡散された言説の一つに「川勝知事はリニアを妨害するために送り込まれた工作員であり、失言はその口実に過ぎない」といった極端な陰謀論や、「リニア推進派の罠に嵌められた」という過剰な擁護論がありました。しかし、丹念な取材と事実関係の精査から見えてくる現実は、それらとは大きく異なります。
最大の争点だったリニア中央新幹線静岡工区をめぐる対立において、川勝氏が大井川の水資源保全や南アルプスの生態系保護を掲げたこと自体は、当初、大井川流域の自治体首長や住民から一定の支持を集めていました。JR東海の初期対応の不味さも相まって、「命の水を守る闘う知事」という構図が成立していたのです。しかし、JR東海側が田代ダム案(山梨県側へ流れる水を静岡側へ戻す協定)などの現実的な解決策を提示し、国土交通省の専門家会議が科学的検証を進めてもなお、川勝氏はゴールポストを動かし続けました。
2026年3月、JR東海が「目標としていた2027年の品川―名古屋間開業を断念する」と正式発表した際、川勝氏は「自分の主張によって工期の遅れが確定したわけではない」としつつも、安堵の表情を浮かべました。そして4月2日、訓示発言の大炎上の最中に開いた会見で、突如として「6月議会をもって辞職する」と表明した際、自らこう口走ったのです。
「リニア問題について、事業計画の見直しが行われ、大きな区切りを迎えたことが(辞任を決めた)一つの理由だ」
この言い訳こそが、さらなる世論の逆鱗に触れました。「職業差別発言の責任を取って辞めるのではなく、リニア妨害という自らの政治目的を達成したから逃げ切るのか」という痛烈な批判です。自身の失態から目を逸らすためにリニア問題を持ち出し、あたかも大業を成し遂げた英雄であるかのように幕を引こうとするナルシシズムが白日の下に晒されました。結果として、6月辞任という引き延ばし策すら許されず、県議会各派からの即時辞職要求に屈して5月9日付の「前倒し辞任」へと追い込まれたのが、辞意表明の隠された真実です。