本作の核心を語る上で避けて通れないのが、「犯人の正体=主人公・飛流亜砂本人」、そして「作中に登場する探偵・島田潔=亜砂の重度な解離性同一性障害(多重人格)が生み出した幻覚」という戦慄のダブル・ツイストです。
近隣住民を恐怖に陥れていた通り魔事件も、アパートの住人・水木の殺害も、すべては解離状態に陥った亜砂自身の凶行でした。亜砂は自らの罪と狂気を受け止めきれず、自らの精神を守る防衛機制として、敬愛する探偵「島田潔」という別人格・幻影を脳内に作り出し、自問自答を繰り返していたのです。
綾辻行人は、作中に極めて精緻な伏線をいくつも配置していました。
- コーヒーカップの数:島田潔が訪れているにもかかわらず、亜砂が用意する食器や痕跡は常に一人分しか描写されない。
- 第三者との接触の欠如:屋敷を訪れる後見人の架場や警察関係者は、島田の存在を一度も認識せず、会話も交わさない。
- 鏡の忌避:亜砂が極端に鏡を見ることを避けていたのは、自分自身の姿の中に潜む「別の顔」を直視できない無意識の恐怖の表れ。
- 中村青司の関与:人形館は中村青司が建てたものではなく、単に彼が過去に改築に関わっただけの既存住宅であり、屋敷に大がかりな物理的ギミックは存在しなかった。
「読者は語り手の視点を通じてしか世界を見ることができない」というミステリの構造的制約を逆手に取った、まさに「信頼できない語り手(Unreliable Narrator)」の金字塔と呼ぶべき仕掛けです。