みんなの党の原点は、2009年1月の自民党離党劇にあります。当時、自民党の世襲政治や官僚依存の体質を激しく批判していた渡辺喜美氏(元金融・行革担当相)が単身で離党届を提出。同年8月、橋本龍太郎政権で首相秘書官を務めた江田憲司氏らとともに立ち上げたのが「みんなの党」でした。
当時の日本政治は、自民党政権への逆風と民主党への政権交代前夜という過渡期にありました。その中で同党は「しがらみのない政治」「脱官僚」「地域主権」「徹底した行革」を全面に押し出し、既存政党に失望していた都市部の無党派層や若年層の心を急速に掴んでいきます。
結党直後の2009年衆院選で5議席を獲得して足がかりを作ると、翌2010年の参院選では比例代表で約794万票を集め、改選議席を3から10へと大幅に伸ばす大躍進を記録。既成政党の枠組みを壊す「第3極」のリーダーとして、一躍政界の中心へと躍り出ました。