少女時代から天津時代にかけて撮影された婉容の写真は、西洋ドレスやチャイナドレスを優雅に着こなし、意志の強そうな瞳を輝かせた紛れもない貴婦人の姿を留めています。彼女の美しさは「東洋の真珠」とも称されるほどでした。
しかし、満洲国末期の幽閉生活でその面影は無残にも失われました。過度の阿片中毒と栄養失調により、自力で歩行することすら困難となり、歯は抜け落ち、視力も著しく低下。髪を振り乱して奇声を上げ、光を極端に嫌って窓を閉め切った部屋の隅で阿片パイプを握りしめる姿は、かつての絶世の美女とは見る影もありませんでした。彼女の容姿の激変は、宮廷という名の牢獄がいかに過酷であったかを物語っています。