プライベートにおいても、傷害事件の波紋は避けられませんでした。柏原は2004年6月、ドラマでの共演をきっかけに交際を実らせたモデル・女優の畑野ひろ子と結婚したばかりでした。しかし、事件からわずか1年2か月後の2006年2月、二人は協議離婚を発表します。
柏原崇と畑野ひろ子の離婚理由について、公式発表では「事件後の休養期間を通じ、お互いの将来や価値観を見つめ直した結果」と説明されました。しかし当時の取材報道によると、事件によって活動休止に追い込まれた柏原の精神的孤立や生活環境の激変、そして関係者への配慮など、複合的なストレスが新婚生活の継続を困難にしたと伝えられています。双方が合意の上で選んだ前向きな別離であり、泥沼の対立劇ではなかった点も当時の特徴でした。
その後、傷心の時期を経て出会ったのが内田有紀でした。二人は1995年のCM共演、2001年のドラマ『ビッグウイング』での共演歴がありましたが、長らく友人関係にとどまっていました。転機が訪れたのは2009年頃、共通の知人を介して再会したことです。互いに30代を迎え、一度の結婚と離婚を経験していた二人は、急速に意気投合し交際へと発展しました。
多くのファンやメディアが注目する「なぜ入籍しないのか」という柏原崇と内田有紀の事実婚の真相には、大人の分別と合理性が存在します。一度「婚姻届という法的な枠組み」の重みと破綻を経験した二人は、書類上の契約に頼るのではなく、日々の実質的な信頼関係と業務上のパートナーシップを優先する選択をしました。法的な婚姻関係を結ばないことで、仕事上のマネジメント関係と私生活のバランスを客観的に保ちやすくなるという利点も指摘されています。