熱海駅周辺の食べ歩きで今大行列ができる決定的な理由とは何なのか。現地を取材すると、単に「テレビやSNSで紹介されたから」という一過性のブームでは片付けられない、綿密に計算された地域ブランディングの姿が浮かび上がる。
最大の要因は、昭和ノスタルジーの再定義にある。かつて社員旅行や歓楽街として栄え、平成期に一時衰退した熱海は、官民連携の再生プロジェクトを通じて「古き良き熱海」の価値を再編集した。その象徴が、どこか懐かしい牛乳瓶型の容器を採用した熱海プリンや、老舗の和菓子文化に洋菓子のバターを融合させた熱海ばたーあんである。若年層にとって昭和のレトロカルチャーは「古臭いもの」ではなく「新しく体験すべきエモーショナルな世界観」として受容されており、街全体が巨大なオープンセットのように機能しているのだ。
心理学的な観点から分析すれば、行列自体がさらなる集客を生む「バンドワゴン効果」と「希少性の原理」が極めて巧みに作用している。多くの店舗があえて間口の狭い路面店形式をとり、工房での焼き上がり時間や数量を区切ることで、「今並ばなければ手に入らない」という心理的切迫感を喚起する。観光行動論の専門家も「熱海における食べ歩きは、単なる空腹を満たす食事ではなく、行列に並んで手に入れた達成感をSNS上で共有する自己表現の儀礼となっている」と指摘する。