華やかなスター街道を歩んできたように見えるキャリアの裏側には、常に孤独な決断と葛藤があった。球団の顔として君臨した時代から一転、海を渡り、帰国後も複数のユニフォームに袖を通すこととなった道のり。そこには単なるビジネスの論理を超えた、打者としての強い矜持が横たわっている。
周囲が安定を求める場面でも、彼は常に「勝負できる打席」を求めて環境を変えることを恐れなかった。条件面や提示された待遇よりも、自分が最も研ぎ澄まされた状態でバットを振れる場所はどこか。水面下で進められた数々の移籍交渉において、関係者が口を揃えるのは彼の野球に対する純度の高さだ。ベンチで過ごす時間に甘んじることなく、代打の一振りにすべてを懸ける覚悟を選び取ってきた背景には、職人とも呼ぶべき打撃への強い執着があった。