もともと日本の自転車業界において、実用車やシティサイクルは移動手段としての質実剛健さを追求していた。1970年代から80年代にかけて、ブリヂストンサイクルをはじめとする国内メーカーが頑丈で洗練されたシティサイクルを量産。これが全国の家庭や通学路へと急速に普及していく。
しかし、少年たちはメーカーが提示した「正しさ」に満足しなかった。万力や力技でハンドルバーを上に折り曲げる行為は、既存の価値観への小さな叛逆でもあった。やがて日本の自転車産業自体もこの路上ムーブメントを無視できなくなり、最初からアップハンドルを装着したモデルや、セミアップ型の市販車をラインナップに加える現象まで起きた。街角の少年たちがメーカーのプロダクトデザインを逆手にとり、流行を力ずくで牽引した珍しい時代だったと言える。