子どもを授かりたいという切実な願いから選んだ道、それがアメリカでの代理出産だった。夫である髙田延彦と二人三脚で挑んだこの決断は、当時の日本社会に大きな議論を巻き起こすこととなる。医療技術の進歩と法的・倫理的壁の間で、夫婦は世間の偏見や制度の壁と正面から戦い続けた。
裁判闘争へと発展した出生届の受理を巡る問題など、苦難の道は続いたが、二人の絆が揺らぐことはなかった。「家族を守る」という強い信念のもと、髙田延彦は常に妻の傍らに立ち、その盾となった。法的な枠組みを超えた深い夫婦愛と親としての責任感は、日本の生殖医療と家族観に対する議論を大きく前進させる足跡を残した。