本田真凜が最も五輪出場に近づき、同時に最大の試練を迎えたのが2017-2018シーズン(平昌五輪選考シーズン)でした。シニアデビュー戦となったUSインターナショナルクラシックで鮮烈な優勝を飾り、世間の期待は最高潮に達していました。
当時、日本スケート連盟が定めたフィギュアスケート五輪代表の選考基準における女子シングル枠はわずか「2枠」でした。代表選出には、最終選考会である全日本フィギュアスケート選手権での表彰台争い、あるいはグランプリシリーズや世界ランキングでの圧倒的な実績が必須条件となっていました。
運命の2017年12月、代表決定の舞台となった全日本フィギュアスケート選手権で、ショートプログラム6位と出遅れた本田真凜は、逆転を期したフリースケーティングでもジャンプの回転不足や細かなミスが重なり、総合7位(得点193.37点)という結果に終わりました。優勝した宮原知子、2位に入った坂本花織が代表切符を掴み取り、本田の平昌への夢はここで潰えることとなりました。
試合直後の取材エリアで、赤く腫らした目を伏せながら「目指していた場所が遠くなってしまった……」と声を詰まらせた姿は、当時の報道各社によって大きく報じられ、過酷な勝負の世界の現実をファンに印象付けました。