ネット上の考察ブログやSNSでは、荒地の魔女の変貌について時折「生き残るためにボケたフリをしていた狡猾な策士説」が浮上します。強大な魔女が敵の真っ只中で生き延びるため、無害な老女を装ってソフィーたちの情に訴えかけたという見立てです。
しかし、劇中の描写を細部まで検証すると、この「ボケたフリ説」は明確な誤解であることが分かります。
もし彼女が演技をしていたのであれば、カルシファー(心臓)を抱え込んで自らの体が燃え盛るような命の危険を冒すはずがありません。また、サリマンの放った盗聴器(使い魔の葉巻)を無邪気に吸って煙を吐き出し、部屋を台無しにしてしまう行動も、計算された戦略としてはあまりに不条理です。彼女の意識は完全に退行しており、残っていたのは「美しい男が好き」「綺麗なものが欲しい」という原初的な快・不快原則だけでした。
また、「最後は完全に正気に戻ったのか」という点についても、映画のラストシーンが雄弁に答えを示しています。飛び立つ新しい城のサンデッキで、カブの頭(隣国の王子)からキスを受けて照れるソフィーを見て、「いい男じゃないかい」と相好を崩す荒地の魔女。そこにはかつての冷徹な支配者の影はなく、ただ目の前の幸福を寿ぐ、ひとりのチャーミングなおばあちゃんの姿しかありません。