しかし、神話の時代を抜けると、草薙剣は悲劇と謎に満ちた歴史の表舞台に登場する。最も有名な謎が、源平合戦の最終決戦となった1185年の「壇ノ浦の戦い」における海底沈没説だ。平家一門の入水とともに二位の尼に抱かれた幼帝・安徳天皇が関門海峡の海底へと没した際、神器の剣も海に失われたと古記録には記されている。
ここで重要となるのが、官撰の正史である『日本書紀』や後代の文献資料に見られる記述の検証である。歴史研究者の間では、壇ノ浦で沈下したのは平安時代に崇神天皇の命によって作られた「形代(副体)」であり、崇神天皇期にすでに奉納されていた熱田神宮の御神体こそがオリジナルの実物であるという説が有力視されている。一方で、熱田神宮の神剣こそが本体であり、海底に沈んだ剣の捜索作業が鎌倉幕府の手で何度も試みられた事実も記録に残されており、真偽をめぐる議論は現在も平行線をたどっている。