三億円事件は「最も多くの物証を残した迷宮入り事件」とも言われます。現場周辺には、犯人が乗り捨てた偽白バイ(ヤマハ・スポーツ50の改造車)、メガホン、ヘルメット、発煙筒の残骸、レインコートなど、100点以上の遺留品が残されていました。
しかし、これらの遺留品の多くは大量生産品であり、犯人の特定には直結しませんでした。さらに、初期捜査におけるモンタージュ写真(実在の故人の写真を加工したもの)の誤用や、重要容疑者と目された人物のアリバイ確認の難航など、捜査経緯における混乱が相次ぎました。
延べ17万人以上の警察官が投入され、捜査費用は約9億円に達しましたが、決定打を欠いたまま1975年12月10日に刑事時効(7年)が成立。さらに1988年には民法上の損害賠償請求権が消滅する民事時効(20年)も成立し、真相は法の壁の向こう側へと封じ込められました。