2015年に端を発した山口組の分裂抗争の経緯において、北海道は他府県で見られたような激しい銃撃戦や白昼の衝突が頻発する地域ではありませんでした。この背景には、道内直系組織の強固な結束と、他派閥の進出を許さない徹底した防衛体制がありました。
当時、離脱した神戸山口組による北海道への影響や勢力浸透が一部で懸念されましたが、誠友会や旭導会などの主力組織が六代目山口組側に完全に残留を表明したことで、道内での大規模な組織分裂や寝返りは極めて限定的な規模に封じ込められました。その結果、目立った抗争事件の連鎖こそ回避されたものの、警察当局のマークは一層厳しさを増すことになりました。
現在、誠友会の札幌における動向を見ると、拠点となっていた中央区の施設等に対する警察の立ち入りや監視が常態化しており、かつてのような派手な示威行動は完全に鳴りを潜めています。また、旭導会の旭川における動向に関しても、最高幹部の高齢化や相次ぐ捜査機関のメスにより、組織の求心力維持と後継者育成において極めて厳しい舵取りを迫られています。