虚空蔵菩薩は、サンスクリット語で「アーカーシャ・ガルバ(Ākāśagarbha)」と呼ばれます。「アーカーシャ」は虚空(何もない広大な空間、宇宙)、「ガルバ」は母胎や蔵を意味し、直訳すれば「宇宙のように無限の知恵と慈悲を収めた蔵」を指します。仏教の教理において、人々のあらゆる願いをその無尽蔵の蔵から取り出して叶え、苦しみを取り除く存在として位置づけられています。
この尊格を一躍歴史の表舞台へと押し上げたのが、日本真言宗の開祖・弘法大師 空海の存在です。空海が24歳で著した思想書『三教指帰(さんごうしいき)』の序文には、若き日に土佐の室戸岬・御蔵洞(みくろど)で修練した体験が生々しく記録されています。
当時の手記には「明星来影す(明けの明星が口の中に飛び込んできた)」という神秘体験が記されており、この過酷な密教修行こそが「虚空蔵求聞持法」でした。これは100日間で虚空蔵菩薩の真言を100万遍唱え続けるという極限の行法であり、成し遂げた者は「一度見聞きした経典や書物を一切忘れることがない記憶力」を得るとされています。
高野山や真言宗の古文書を紐解くと、この行法は単なるオカルト的儀式ではなく、単調かつ膨大な音声反復による変性意識状態の誘発、外界の刺激を遮断した洞窟環境での極限集中など、現代の認知神経科学から見ても「脳の可塑性を極限まで高めるマインドフルネスの究極形」であったことが伺えます。空海の超人的な言語習得能力や著述力は、まさにこの虚空蔵菩薩への深い帰依と修行によって開花したといっても過言ではありません。