かつて日本には、ゴッホの描いた本物のひまわりがもう1点存在していました。それが、アルル時代の2作目にあたる「5本のひまわり」、通称『芦屋のひまわり』です。
大正時代、白樺派の作家・武者小路実篤らの熱烈な紹介に触発され、関西の実業家・山本顧嶠(やまもと こきょう)氏が1920年にスイスで約7万フラン(当時の貨幣価値で巨額の資金)を投じて購入しました。日本に持ち込まれた名画は展覧会で公開され、多くの近代日本の知識人や画家たちに絶大な衝撃を与えました。
しかし、第二次世界大戦末期の1945年8月、兵庫県芦屋市への米軍による空襲(阪神大空襲)が山本邸を襲います。重厚な額縁に入っていた名画は大型の金庫から持ち出すことができず、邸宅とともに炎に包まれ、永遠に失われてしまいました。鮮やかな群青の背景に咲く5本のひまわりは、現在では当時の写真や大塚国際美術館が精密に再現した陶板画でしかその姿を偲ぶことができません。世界の美術史上、最も惜しまれる損失の一つとして語り継がれています。