野球界全体を見渡すと、実はプロ野球以前に「天覧試合」の豊かな歴史を持っていたのが東京六大学野球です。1926年(大正15年)の明治神宮野球場開場記念試合や、1929年(昭和4年)の早慶戦など、大正から昭和初期にかけて皇室による台覧・天覧が幾度も行われました。学生スポーツである六大学野球は、アマチュア精神と教育的見地から皇室の観戦対象として受け入れられやすかった背景があります。
また、現在でも年に一度定期的に行われる大相撲の天覧相撲とプロ野球とでは、その性質が大きく異なります。相撲は古来より神事としての側面を持ち、日本相撲協会という公益財団法人が統括する「国技」として位置づけられています。特定企業の利害が絡むプロ野球公式戦とは、文化的な位置づけが根本から異なるのです。
1959年の天覧試合では、ファンや選手の間で特別なマナーが共有されました。過度な野次や鳴り物による応援は控えられ、球場全体が独特の緊張感と敬意に包まれました。選手たちもグラウンドでの乱暴な振る舞いや判定への激しい抗議を厳に慎み、スポーツマンシップを体現するプレーに徹したと記録されています。