二・二六事件は、1936年(昭和11年)2月26日の早朝に勃発した、近代日本史上最大規模の軍事クーデター未遂事件です。陸軍第1師団の歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、近衛歩兵第3連隊などの下士官・兵士およそ1,400名を率いた20代から30代の青年将校たちが、突如として反乱軍へと変貌しました。
反乱部隊は、首相官邸、内大臣私邸、大蔵大臣私邸、教育総監私邸、警視庁、朝日新聞社などを同時多発的に急襲。首都機能の中枢である永田町・霞が関一帯を武力占拠しました。東京は陸軍省や参謀本部すらも包囲される非常事態に陥り、雪景色の中で鳴り響いた銃声は、大正デモクラシーの残照を一瞬で吹き飛ばしました。
彼らが掲げたスローガンは「昭和維新・尊皇討奸(そんのうとうかん)」。天皇の周りに巣食う「奸賊(悪しき特権階級や政治家・財閥)」を排除し、天皇親政による清廉な国家を作り直すという急進的な国家改造計画でした。しかし、この行動は国家への忠誠を誓いながらも、最高統率権を持つ大元帥・昭和天皇の意思を完全に踏みにじる反逆行為へと転落していくことになります。