塩ノ山が日本の精神史にその名を刻んだ決定的な契機は、平安時代初期に編纂された『古今和歌集』にある。歌聖・紀貫之をはじめとする当時の知識人たちは、遠く都から離れた甲斐国のこの山を「しほの山」として詠み、言葉の綾の中に特別な祈りを込めた。「塩」という言葉が持つ浄化の力、そして四方を海に囲まれない内陸の甲州において「塩」の名を冠する神秘性。これらが都人の想像力を激しく刺激したのだ。
山そのものを神体とみなす原初的な自然崇拝(アニミズム)の痕跡は、山中の至る所に点在する巨石群にも刻まれている。塩ノ山に祀られる神社群の配置を精査すると、古代の太陽信仰や天体観測の基準点として機能していた可能性すら浮かび上がってくる。言葉の魔術師たちが遺した和歌は、単なる叙情詩ではなく、聖地の位置と神聖さを後世へと伝える暗号だったのかもしれない。