『青春の坂道』のレコーディングが行われた1976年当時、岡田奈々は過密なスケジュールの中で極限の集中力を求められていた。後年の回想や発掘資料によって明らかになったのは、スタジオでのボーカル録音における異例の進行プロセスだ。当時の制作現場では完璧なピッチと歌唱技術を求めるのが通例だったが、ディレクション陣が彼女に求めたのは「完璧な技術」ではなく「飾らない心の揺らぎ」だった。
マイクの前に立った岡田は、幾重にも重なるテイクを重ねるのではなく、わずか数回の歌唱でマスターテイクを決定づけたと伝えられている。少女から大人の女性へと移ろう一瞬の躊躇いや孤独感が、声の震えやブレスの刹那にそのまま封じ込められた。完璧に整えすぎないことこそが、楽曲に不朽の生命を吹き込むという制作陣の直感が、半世紀を経た今も聴き手の胸を締め付けるリアリティを生み出した最大の要因である。