山下清の芸術を語る上で欠かせないのが、千葉県市川市にある養護施設八幡学園での日々です。幼少期の病気による軽い知的障害や言葉の遅れからいじめを経験した清は、12歳で八幡学園に入園しました。そこで園の指導員や医師の式場隆三郎氏らと出会い、作業療法の一環として取り入れられていたちぎり絵(貼り絵)の手ほどきを受けたことが、稀代の天才誕生の契機となりました。
清の貼り絵は、一般的なちぎり絵の概念を根底から覆すものでした。色紙をそのまま貼るだけでなく、新聞紙、広告チラシ、包装紙、切手の裏紙など、身の回りにあるあらゆる紙の質感や印刷インクの微妙な階調を見極めて使用しました。さらに、紙を指先でミリ単位の極小サイズにちぎり、ときには紙を細長く撚(よ)って「こより」を作り、輪郭線や細部に立体感を持たせるという独自の技法を確立したのです。
最大の驚きは、その制作プロセスにあります。清は放浪中、画材を一切持ち歩きませんでした。旅先で見た景色、人々の表情、看板の文字、光の陰影に至るまで、網膜に焼き付けた映像を完全に記憶する「直観像記憶(カメラアイ)」を持っていました。旅から戻ると、下絵も描かずに画面の端から迷いなく紙を貼り進め、何ヶ月も前の風景を寸分の狂いもなく紙の上に再構成したのです。この並外れた認知特性と手先の器用さの融合こそが、山下清の貼り絵が放つ唯一無二の緻密さの源泉泉です。