日本での華々しい実績とは裏腹に、渡米直後の田口氏を待ち受けていたのは過酷極まりない現実でした。2002年にセントルイス・カージナルスと契約したものの、開幕早々に打撃不振からマイナーリーグ(3Aメンフィス)への降格を命じられます。
自著『メジャーリーガーの嫁 〜ヨメだけが知る田口壮の挑戦、その舞台裏〜』(メディアファクトリー刊)の記述によると、当時のマイナー生活は深夜の長距離バス移動が当たり前で、食事も簡易なピザやハンバーガーばかりという過酷な環境でした。言葉も通じず、プライドを打ち砕かれた田口氏が宿舎のベッドで精神的に追い詰められる中、恵美子さんは自らレンタカーを運転して遠征先を追いかけ、栄養バランスを考えた日本食を手作りして届け続けました。
さらに特筆すべきは、MLB特有のコミュニティである「ワイブズ・クラブ(選手妻会)」での立ち回りです。メジャーでは選手の妻たちがチャリティー活動や球場での応援を通じてチームの一体感を醸成する文化がありますが、恵美子さんは堪能な英語力とTBS時代に培ったコミュニケーション能力を駆使し、現地の選手妻たちの輪に積極的に溶け込みました。
「夫がグラウンドで孤立しないよう、まずは自分が外堀を埋めて現地のファミリーになる」という強い覚悟を持った行動は、現地の球団関係者や地元メディアからも「最もタフで献身的な日本人ワイフ」として絶賛されるに至りました。田口氏が後にメジャーへ再昇格し、カージナルスファンの間で「So Taguchi」の愛称でカルト的な人気を誇る勝負強いスラッガーへと登り詰めた背景には、間違いなくこの妻の強靭なサポートが存在していました。