本作の制作体制は、スタジオジブリ創設の前史にあたるトップクラフトが担っていた。限られた予算と過密なスケジュールの下、アニメーション産業の常識を覆す手描き作画の極限が追求されていたスタジオの空気は、音響制作の現場にもダイレクトに波及していた。
当時の録音技術は現在のようなデジタル編集による修正が利かず、長尺の掛け合いを一発録りに近い形で収録することも珍しくなかった。マイクの前に立つ役者陣の肉体的な疲労と、それが生み出す極限の集中力。宮崎監督が求める「記号化されていない生々しい台詞回し」は、そうした過酷な環境と役者の職人技が激突したことで結実したのである。