大谷翔平というアスリートを語る上で欠かせないのが、水沢リトルおよび一関リトルシニアで指導にあたった父親・大谷徹の指導方針です。徹さんは日中は自動車ボディメーカーの工場勤務で交替制勤務をこなしながら、週末のすべての時間を息子の指導とチーム運営に注ぎ込みました。
徹氏が採った指導法は、当時一般的だった「監督・コーチによる頭ごなしの怒号」とは明確に一線を画すものでした。グラウンドでは息子を特別扱いせず、むしろ他の選手よりも厳しく接する一方で、自宅に帰れば野球の話を家庭内に持ち込まないという「グラウンドと家庭の心理的分離」を徹底していました。
その指導の根幹にあった象徴的なツールが、小学校5年生から中学校卒業まで続けられた「野球ノートの約束」です。徹さんと翔平少年が毎日のように往復させたこのノートには、難しい投球フォームの解説や技術論はほとんど書かれていません。徹さんが息子に求め、ノートを通じて繰り返し確認し合ったのは、極めてシンプルな「3つの約束」でした。
- 1. 大きな声を出して、元気よくプレイすること
- 2. キャッチボールを一生懸命にやること
- 3. 一生懸命に走ること
徹さんは「グラウンドで全力で走ることや、大きな声で仲間と意思疎通を図ることは、技術に関係なく誰でも今すぐ100%できること」と説きました。そして、キャッチボールをただの肩慣らしではなく「相手の胸に思いやりのあるボールを投げる最も重要な基本練習」と位置付けたのです。ノートのやり取りを通じて、翔平少年は「なぜ今日は上手くいかなかったのか」「次はどう工夫するのか」を自らの頭で考え、自分の言葉で内省するメタ認知能力(客観的に自己を観察する力)を飛躍的に高めていきました。