安倍晋三という政治家の思想や政策形成の根底には、幼少期から間近で見てきた祖父・岸信介の存在が決定的な影響を与えていました。生前の特番インタビューや自著『美しい国へ』のなかで、安倍氏は「幼い頃、祖父の膝の上で安保改定反対のデモ隊の声を聞いていた」と述懐しています。1960年の日米安全保障条約改定に際し、激しい反対運動に晒されながらも条約を成立させた信介の姿は、少年の目に「国家のために信念を貫く不屈のリーダー」として刻み込まれました。
対照的に、大叔父である佐藤栄作からは現実的な統治技術の冷徹さを学び取ることになります。佐藤栄作は連続在職2798日という当時としての最長記録を打ち立て、日韓国交正常化や沖縄返還を成し遂げました。「人事の佐藤」と恐れられた権力掌握術と、世論の風向きを敏感に察知するプラグマティズムは、安倍氏が第2次政権以降に見せた長期安定政権の運営手法にそのまま受け継がれています。
そして忘れてはならないのが、父・安倍晋太郎の存在です。外務大臣として「創造的外交」を掲げ、中東和平調停などに奔走した晋太郎氏は、中曽根康弘首相の次を担う「ニューリーダー(安竹宮)」の筆頭として将来を嘱望されていました。しかし、1989年のリクルート事件による打撃、さらには膵臓がんの発症により、総理の座を目前にしながら67歳の若さで病没します。悲願を目前で断たれた父の無念を晴らすことこそが、安倍晋三氏を政界へと駆り立てた最大の原動力でした。