調理工程の中で、味の8割を決定づけると言っても過言ではないのが前段階の処理です。誤った扱い方をすると、炊飯器のフタを開けた瞬間の感動は半減してしまいます。高級料亭の板場で行われている松茸の下処理と洗い方には、明確な科学的理由が存在します。
まず心に刻むべきは、「松茸を決してボウルに張った水にジャブジャブ浸けて洗わない」という点です。松茸の芳香成分であるマツタケオールやケイ皮酸メチルは非常にデリケートで、水に溶け出しやすい水溶性の性質を持ちます。流水に晒す行為は、自ら香りを排水口へ流し捨てているのと同義です。
表面に付着した土やホコリを取り除く際は、少量の酒または水で濡らして固く絞ったキッチンペーパーを使い、傘から軸に向かって優しく撫でるように拭き取ります。どうしても笠の裏側のヒダに細かい砂が入り込んでいる場合のみ、極めて細い流水の下で数秒間だけ指先で払い落とし、直ちに乾いたペーパーで水気を完全に吸い取ってください。
続いて行うのが、根元にある硬い部分の切除です。ここでの基本技術となるのが、鉛筆削りの要領で行う松茸の石づきの取り方です。根元を包丁でストンと水平に切り落としてしまうと、高価な可食部を大量に無駄にしてしまいます。包丁の刃先を斜め45度に当て、石づきの黒い土や木くずが食い込んでいる極薄の皮だけを、くるくると回しながら削り取っていきます。
下処理の仕上げにおいて、もっとも重要な技術が「包丁でスライスせず、手で割く」という工程です。金属の包丁で繊維を断ち切ると、断面の細胞が圧壊して水分とともに香りが抜け落ちてしまいます。石づきを削った軸の根元に深さ1センチほどの切り込みを包丁で1箇所だけ入れ、そこを起点にして指先で2つ、4つ、6つと縦の繊維に沿って引き裂いていきます。断面の凹凸が不揃いになることで表面積が広がり、炊飯時の蒸気とともに香りが米全体へ力強く移る仕掛けが完成します。