なぜ彼女は、これほどまでに強烈な別名と特異なビジュアルアイデンティティを必要としたのでしょうか。自著『Oh! My God!! 原宿ガール』や過去のドキュメンタリー番組で吐露された告白を紐解くと、そこには実家での息苦しいほどの家庭環境と、それに抗う思春期の切実な叫びがありました。
東京都西東京市(旧田無市)出身の彼女は、父・母・本人の3人家族の一人っ子として育ちました。実母は非常にしつけに厳格で、高校生になっても「門限19時」が徹底されていたといいます。原宿系の派手な古着やメイク、奇抜なアクセサリーは母親にとって到底受け入れがたいものであり、家を出る時はおとなしい私服を着て、駅の公衆トイレで原宿ファッションに着替えてから街へ繰り出す日々を過ごしていました。
買ってきた洋服を母親にハサミで切り刻まれたり、ゴミ箱へ捨てられたりといった激しい衝突の数々は、彼女の心に深い傷を残す一方で、「自分だけの世界を絶対に奪われたくない」という強靭な反骨精神を育みました。息が詰まるような現実の家庭(=竹村桐子としての日常)から逃れ、自由な自己表現を許される聖域(=原宿のきゃりー)へ脱皮するための防衛策こそが、あの徹底的なキャラクター構築だったと読み解くことができます。