学校パンフレットや募集要項からは見えてこない日常の肌感覚について、在校生や保護者からのヒアリングを実施しました。そこで浮かび上がるのは、徹底したキリスト教精神と、それに基づく誠実な人間教育の日常です。
毎朝8時30分、学校では鐘の音とともに厳かな礼拝が始まります。中学生は講堂、高校生は厳かなチャペルへと足を運び、校長や教職員、生徒全員が聖書を開き、讃美歌を歌い、静寂の中で祈りを捧げます。この毎日の礼拝体験について、在校生の保護者は次のように語っています。
「朝の礼拝は、多感で落ち着きを失いがちな思春期の中高生にとって、心をリセットする貴重な時間になっています。宗教色を押し付けられるわけではなく、隣人を思いやる心や生き方の本質を教わる場として機能しており、家庭でも穏やかに話をするようになりました」(中3保護者・談)
明治学院東村山 校則についての評判も注目に値します。白金校が私服登校を認め自主自律の精神を重んじる「比較的自由な校風」であるのに対し、東村山校は指定の制服着用が義務付けられており、頭髪や服装、装飾品に関する規程は厳格に運用されています。スマートフォンの校内利用も授業や許可された用途以外は制限されており、この点について「時代遅れではないか」というネット上の意見も一部に存在します。
しかし、現場を取材すると印象は大きく異なります。教員と生徒の距離感は極めて近く、理不尽な管理教育というよりも「集団生活の中で他者への敬意と規律を学ぶ」という明確な共通認識が根付いています。広いグラウンドでは放課後、アメリカンフットボール部や野球部、サッカー部、陸上部などが汗を流し、図書室や自習室では受験生が熱心に自学自習に取り組むという、メリハリの効いた健全な学校空間が維持されています。