物語が暗転する舞台は、先生が東京の学生だった過去に遡ります。下宿先の軍人遺族である「奥さん」とその娘「お嬢さん」の家庭に、先生は生活苦と肉親との絶縁で精神的危機に瀕していた幼馴染の親友・Kを同居させます。これが破滅のトリガーでした。
先生、K、お嬢さんの人間関係を整理すると、以下の構図が浮かび上がります。
- 先生:叔父に遺産を騙し取られたトラウマから極度の人間不信。お嬢さんに恋心を抱くが、臆病で告白できない。
- K:真宗寺院の次男として生まれ、養子先を欺いて勘当された求道者。「禁欲」と「道のため」に生きるストイックな性格。
- お嬢さん:無邪気で快活。Kの閉ざされた心をほぐそうと親身に接するが、それが先生の激しい嫉妬を買い、三角関係へと発展する。
ある日、口数の少ないKが思い詰めた表情で先生に「お嬢さんへの恋心」を打ち明けます。先生は激しい衝撃と嫉妬に打ちのめされます。学力でも人間的気迫でも到底かなわないと劣等感を抱いていたKが、自分の愛する女性を奪おうとしている――その恐怖に駆られた先生は、かつてK自身が口にしていた禁欲的な信条を逆手にとり、残酷な精神的刃を突きつけました。
「精神的に向上心がないものは、ばかだ」
この言葉はかつてKが先生に対して道徳的怠惰を戒めるために放った言葉でした。それをそのままブーメランのように突きつけられたKは、「僕はばかだ」と力なくうなだれるしかありませんでした。先生はこの一撃でKの動きを完全に封じ込め、Kが孤立して苦悩している隙を突き、親友に一切知らせることなく奥さんへ直接談判してお嬢さんとの婚約を取り付けたのです。