なぜ、これほどのリスクが存在するにもかかわらず、妊娠中の海外渡航を試みる人が後を絶たないのでしょうか。その背景には、家族社会学や現代の消費心理が深く関係しています。
近年のSNS文化は、「産前最後の贅沢」「夫婦2人きりの思い出作り」というライフスタイル像を過剰に美化し、プレッシャーとしてプレママ・プレパパに浴びせかけます。ここには、「子どもが生まれたら自分の自由な時間が奪われる」という出産に対する無意識の焦燥感と、リゾート消費への渇望が混ざり合っています。しかし、医学的な視点から見れば、妊娠期間中の母体は「個人の身体」であると同時に「胎児の生命維持装置」そのものです。
ここで求められるのが、心理学でいう健全な「心理的バウンダリー(境界線)」の確立です。「自分たちの思い出作りの欲求」と「胎児が直面する身体的・生命的な危険」の境界線を峻別しなければなりません。自らの楽しみのために、まだ自己決定権を持たない胎児に生存の危険や不可逆的な後遺症のリスクを背負わせる行為になっていないか、冷静な客観視が不可欠です。
編集部が提唱する「妊娠中の海外旅行における最終判断基準」は極めて明快です。
- 渡航を検討してもよい条件:「配偶者の海外転勤に伴う生活拠点の移動」など回避不能な事情があり、かつ妊娠16週〜23週の範囲内で、かかりつけ医の明確な許可と英文診断書・英文紹介状が揃い、かつ現地で無保険状態になっても数千万円単位の医療費を私財で即座に決済できる資力がある場合。
- 直ちに渡航を断念・延期すべき条件:純粋な観光・レジャー・リフレッシュ目的である場合。過去に切迫流早産の既往がある場合。多胎妊娠である場合。少しでもお腹の張りや出血を自覚している場合。そして「万が一の事態が起きたときに、自分たちや我が子の未来を経済的・精神的に守り切る覚悟がない」場合。
海外旅行は、無事に出産を終え、お子さんが成長した後にいくらでも行くことができます。しかし、失われた命や後遺症を抱えた現実は、どれほど後悔しても取り戻すことはできません。