本事件の刑事裁判は、2009年に導入された裁判員裁判制度における重大な試金石となりました。殺害された被害者が3人という重大事案において、市民感覚がどのような量刑を下すのかに全国的な注目が集まりました。
2010年12月、宮崎地裁で行われた第一審の判決公判で、裁判員と職業裁判官で構成された法廷は、求刑通り死刑判決を言い渡しました。これは裁判員裁判として九州地方で初、全国でも2例目となる死刑判断でした。判決理由では「3人の命を奪った結果は極めて重大であり、犯行態様の残虐性、強固な殺意、計画性を鑑みれば、若年であることや反省の態度を考慮しても極刑を回避する理由にはならない」と断じられました。
弁護側は「義母からの精神的DVによる一時的な心神耗弱」「若さゆえの更生の可能性」を主張して福岡高裁宮崎支部へ控訴したものの、2012年3月に棄却。そして2014年10月、最高裁判所第一小法廷が上告を棄却したことで、奥本章寛の死刑が正式に確定しました。