貴景勝の生い立ちを語る上で欠かせないキーパーソンが、父親である佐藤一司(さとう・かずし)氏です。角界入り後も息子の取組を厳しく、かつ温かく見守り続けた一司氏の職業や教育哲学は、相撲ファンのみならず教育関係者の間でも度々話題となってきました。
報道関係者の取材や過去の経済誌の報道によると、一司氏の職業は不動産事業やビル経営を手掛ける実業家であり、複数の事業を成功させてきた敏腕経営者です。自らも空手や格闘技の経験があり、勝負の世界の厳しさを知り尽くしていた一司氏は、息子が生まれた瞬間に「将来は強い男にする」と心に誓ったといいます。
「貴信(たかのぶ)」という本名は、父・一司氏が大ファンであった元横綱・貴乃花光司氏の「貴」と、戦国武将・織田信長の「信」を取って命名されたものです。幼少期は極真空手を習わせ、小学2年生で全国大会準優勝を果たすまでに育て上げました。しかし、決勝戦で不可解な判定負けを喫した際、判定に左右されない完全決着の武道として選んだのが「相撲」でした。
相撲転向後の一司氏の指導は徹底を極めました。仕事の合間を縫って毎日の稽古に付き添い、押し相撲に特化した独自のメニューを考案。自ら息子のぶつかり稽古の相手を務め、夜は徹底した栄養管理で体重を増やしていきました。一司氏の実業家としての経済力と、勝負に対する狂気的なまでの情熱が合致したからこそ、恵まれた体格と圧倒的な突き押し技術が完成したのです。