俳優としてのブレイク前、彼は「友近亮平」という芸名で活動していた時期がある。母方の姓を冠したこの名義で彼が掴み取った大きなチャンスが、大手化学メーカー東レの「初代東レメンズ水着キャンペーンモデル」への抜擢だった。2006年のことである。
当時の業界において、男性の水着専属モデルというポジションは前例のない挑戦だった。日焼けした肌と引き締まった体躯をアピールするため、全国各地のプールやイベント会場を巡る日々。時に厳しい寒さの中で笑顔を絶やさず、メディアの取材に応じる姿は、プロフェッショナルそのものだった。関係者によれば、どんなに過酷なスケジュールでも弱音を吐かず、現場スタッフへの気配りを欠かさなかったという。この時期の現場で培った身体の「見せ方」へのこだわりが、後の肉体改造を伴う役作りの原点となっている。